うっかりしてゴーヤを爆裂させてしまいました……。
ご覧の通り、黄色い実と赤い種が鮮やかです。
うっかりしてゴーヤを爆裂させてしまいました……。
ご覧の通り、黄色い実と赤い種が鮮やかです。
建築家の若原一貴さんから情報を頂き、目黒区美術館で行われた長谷川堯の建築セミナー「村野藤吾から20世紀建築を視る―複眼的近代建築史のこころみ」第1回「複眼的近代建築史について―目黒区総合庁舎(旧千代田生命本社ビル)の魅力」を拝聴してきました。
予定を1時間半もオーバーする長谷川先生の熱弁。
中でも「村野は建築という行為にある種の原罪というものを感じていたのではないか」とのお話に深く考えさせられた私です。
(写真は元所員の小暮拓矢君が2007年に撮影した目黒区総合庁舎です)
8月の我が家の収穫物です。
8月2日
キュウリ、ナス、エダマメ
8月4日
ミニトマト、ナス
8月5日
ミニトマト、シソ、エダマメ
8月8日
ナス
8月9日
ゴーヤ
8月12日
ミニトマト、シソ、エダマメ、ニラ
同日、スイカも収穫
8月15日
ミニトマト、キュウリ
8月17日
ミニトマト、ゴーヤ
8月21日
ミニトマト、ナス、エダマメ、キュウリ
8月26日
ミニトマト、ナス、スイカ、ゴーヤ
8月28日
ミニトマト
8月29日
ナス、ゴーヤ
今年はあまり真面目に世話をしていないので、去年と比べ収穫量がずっと少ないです。
ようやく西瓜を収穫。
甘くて美味しゅうございました。
残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ厳しい暑さが続きます。どうぞご自愛ください。
平成24(2012)年夏
山本成一郎
今年の西瓜は、購入した接ぎ木苗から育てています。
西瓜が順調に肥大する一方で、台木のユウガオ(夕顔)までが何故か生育旺盛。
花も沢山咲いています。
もしかすると一つの苗から西瓜とユウガオ(注)の両方の実が収穫出来るかも?
(注)ユウガオの実は、カンピョウ(干瓢)の材料です。
7月27日、大学院で担当している建築設計特別演習の講評会が深川東京モダン館をお借りして行われました。
与えられた課題内容が、この建物の保存活用を含むものだったからです。
先述の大学2年生の授業と同様、こちらも短期間で高密度の設計が要求されます。
エスキースチェックの段階では先行きが危ぶまれた学生も、成果品はそれなりに仕上げ提出してきて一安心。
私が少し気になったのは、3Dによる表現に固執するあまり肝心の建築物が立体として成立しているかどうかの検討がややおざなりに感じられた作品が数点あったこと。
とは言え、彼等はよく頑張ったと思います。
先約があった為打ち上げの宴にお付き合い出来ず、残念でした。
(注)以下、深川東京モダン館のHPから抜粋。
東京市深川食堂–深川東京モダン館の歴史
深川東京モダン館は、昭和7年(1932)に建築された東京市深川食堂を改修したものです。
このような公営食堂の建設は、大正時代に諸物価が高騰したことで人々の暮らしが苦しくなったことで計画されました。具体的には、大正7年(1918)に起きた米騒動をきっかけとして、2年後の大正9年に神楽坂と上野に市営食堂が開業します。深川区には、関東大震災後の大正13年に黒江町49・50番地に仮設の深川公衆食堂が設置されます。この食堂は、大正15年に廃止となりますが、昭和3年(1928)に常設の食堂建設が計画され、昭和7年4月、東京市深川食堂として営業を開始します。
この公営食堂は、昭和12年(1937)に廃止となりますが、その後も深川栄養食配給所などと名称を変え、安く食事を提供する場として存続しました。第二次大戦後は、東京都立内職補導所、江東区の福祉作業所などに活用されてきました。平成20年(2008)、震災復興建築物として希少である点などから国登録有形文化財建造物に登録され、翌21年10月10日に深川東京モダン館として開業しました。
7月最後の木曜日は東洋大学2年生「総合デザインⅠ」の最終講評会でした。
この授業は短期間で高密度の課題をこなさねばならず、学生達は大変だったと思います。
しかし彼等は頑張っただけ確実に成長しているはず。秋学期以降の更なる飛躍を願うものです。
台風4号で薙ぎ倒され瀕死の状態にあったゴーヤが、夏の到来と共に復活。
ようやく最初の実が生り始めました。
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