前回の続きです。

奄美大島も先の戦争では空襲を受けています。

しかも戦後は暫くの間米国の支配下に置かれ、本土復帰は昭和29(1954)年まで待たねばなりませんでした。

展示写真から、大和村大和浜の群倉(ぼれぐら)。
高倉は昭和30年代には現役で使われていたようです(注)。

同じく昭和30年代の写真から子供達の可愛らしい姿(沖永良部島和泊町畦布)。
続いて3階へ行ってみましょう。
(注)このように書きましたが、その後私達は高倉が現代的に改良されて使われている様を目撃する事になります。
この御話は追ってまた。
金曜日の朝、通勤路で

金木犀(キンモクセイ)が咲き始めていました。

学校では花水木(ハナミズキ)の紅葉が部分的に始まっており

黒鉄黐(クロガネモチ)の実も大きくなってきました。

帰路のJR線路脇では芒(ススキ)の穂がゆらゆら。
猛暑が長引いた去年と比べ、今年は秋の訪れが早い気が致します。
もっとも此れが例年通りなのでしょうが。
前回の続きです。

少し酔っていますが、再び夜の境内へと向かいます。

縁日を楽しむ人々。コチラは射的。

ヨーヨー釣り。

くじびき。
子供達の嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになりますね。
続きます。
奄美大島への旅で立ち寄った奄美市奄美博物館。
この建物の階段は、一部が回り階段になっていたのですが

この手摺がとても掴まり易かったのです。

それを撮影するヘンタイ(例によって妻撮影)。
還暦になり蹴躓く(けつまずく)事が多くなった私には、手摺の利便性は非常に重要なのでございます。
Threadsに皆さんがアップされる愛猫画像に日々癒されています。
私も載せたいですが飼っていないので、他所様の子を1枚。
前にも御覧に入れたかもしれませんが……。
かつて隆盛寺の御住職(故人)と一緒に視察で訪れた某寺院にて。

猫ちゃん、そんな所で寝ていて怖くないのかい?
以前も御紹介した此の曲ですが其の際はリンクを張れませんでした。
今回公式と思われるYouTubeチャンネルを見付けましたので改めましてコチラからどうぞ。

前に書いてから約1年が経ちましたが、お陰様で私は相変わらず幸せな日々を過ごせております。すべてに感謝です。
今日は数あるアリスのヒット曲中で私が一番好きなコチラ(1976年)を。

たまにカラオケで歌いながら、中学生の頃、幼馴染のE君と同バンドのライヴ映画「Alice THE MOVIE 美しき絆」(1979年)を観に行った事を思い出します。
前回の続きです。
奄美市奄美博物館の2階には時間軸に沿って奄美大島の歴史が紹介されています。

小湊フワガネク遺跡から出土した夜光貝匙(6~7世紀頃)。

徳之島カムィヤキ陶器窯跡で出土した陶器(11世紀後半から14世紀前半頃)。

ユタとノロが祭祀をしている様子でしょうか、ジオラマで再現されていました。

サトウキビ栽培〜収穫〜加工までを示すジオラマ。
続きます。
前回の続きです。

哲学堂公園の池に映る空が綺麗です。

石榴(ザクロ)の実。

その後は、未だ6時前でしたがいつもの「多季や」さんで一杯。
妻は約30年前に自ら縫ったと言う浴衣、私は先般の奄美旅行にて「さねんばな」さんで購入したTシャツです。

そう言えば神社の近くには「多季や」さんの提灯もありました。
マスターに見た事を言い忘れてしまった……。
生ビール1杯と日本酒半合で大分酔ってしまいましたが、再び氷川神社の縁日に寄ってみましょう。
今年度の木造建築科2年生「卒業設計」において社寺建築に取り組む学生は3名。

その内のT君は「薬師寺東塔」の第1層を立ち上げ始めました。
精度もかなり良さそうです。
完成が楽しみですね。