奄美大島へ(その54)加計呂麻島 映えスポット

昨夜に続き、奄美大島旅行記その54です。
佐知克(さちゆき)から諸鈍(しょどん)集落へ向かう途中のクネクネ道で本村さんが車を停めました。


海が三角形に切り取られて見えます!

本村さんが発見した映え(ばえ)スポットです。

ちなみに撮影は出来ませんでしたが、この後琉球猪(リュウキュウイノシシ)の子供が道路を横切るのに遭遇し狂喜乱舞した事も書き添えておきたく存じます。

内田先生の講演会「住宅の営繕 ‐商品化住宅・工業化住宅・在来住宅‐」

9月29日の月曜日は、日本建築家協会住宅再生部会主催の講演会へ。
講師は、私が兄と慕う建築家・内田祥士先生(東洋大学名誉教授)。

我が国における住宅の耐用年数と営繕(維持管理)は如何にあるべきか、大変深く考えさせられる重い御話でした。

奄美大島へ(その53)加計呂麻島 西田製糖・製酢工場

昨夜に続き、奄美大島旅行記その53です。


続いて佐知克(さちゆき)集落にある西田製糖・製酢工場へ。
ここでは黒糖やきび酢等を製造しています。
ガイドの本村さんによると、この時(8月頭)はシーズンでは無いので稼働していませんが、工場見学も出来るそうです。


工場の向かいで、廃船を睡蓮鉢にしておられました。


ひときわ色鮮やかな睡蓮。


オタマジャクシも沢山泳いでいました。

続いて諸鈍(しょどん)集落を目指しましょう。

シューベルト 歌曲集「白鳥の歌」より第14曲「鳩の便り」

今日からもう10月、本当に月日の経つのがアッと言う間ですね……。
一方、専門学校学生諸君の設計課題はそろそろ佳境に入ります。
引き続き頑張って参りましょう。

さて、先日思春期の私が魅せられたシューマンの歌曲について述べましたが、今日はシューベルト(1797~1828)の歌を。
歌曲集「白鳥の歌」より第14曲「鳩の便り」です。

ヘルマン・プライ(1929~1998)さんが歌うコチラのヴァージョンをお聴き下さい。
現代の流行歌にも通ずる、誠に良い旋律だと思うのは私だけでしょうか?

(シューベルトの肖像画はWikipediaから拝借しました)

奄美大島へ(その52)加計呂麻島 ポストと於斉のガジュマル

昨夜に続き、奄美大島旅行記その52です。
本村さんの車で加計呂麻島を走行中、教えて頂いたもの。
これは何でしょう?


なんと塩ビ管を利用したポストなのだそうな! へ~!


続いて於斉(おさい)集落へ。
武名と同様、ここにも大きなガジュマルの木がありました。

続いて西田製糖・製酢工場へ向かいます。

島尾敏雄文学碑公園の植物

奄美大島旅行記、番外編です。
加計呂麻島の島尾敏雄文学碑公園に生えていた植物についてガイドの本村さんに教えて頂きました。


ガジュマルは、枝から垂直に茎を下ろしそれが地面に着くと根を出して太くなり自らの重量を支え、より大きくなって行くのだそうな。凄いですね!


先島蘇芳木(サキシマスオウノキ)。板状の根が変わっていますね。


その実も沢山落ちていました。

(9月30日17:00追記)
先島蘇芳木の実がウルトラマンの顔みたいだと本村さんから御指摘があった事を申し添えます(笑)

彼岸花

Yukariさんのダンスを観た帰り道

舞台裏に2つだけ彼岸花(曼殊沙華)が咲いていました。

奄美大島へ(その51)加計呂麻島 第18震洋隊基地跡

昨夜に続き、奄美大島旅行記その51です。
続いて本村さんが加計呂麻島に残る戦争遺跡のひとつ、第18震洋隊基地跡へ連れて行って下さいました。
震洋(しんよう)とは、先の戦争中に開発された特攻兵器で、小型ボートで敵艦に体当たり特攻を行うもの。
昭和20(1945)年8月13日に特攻作戦発動の令を受け出撃体制に入っていましたが、幸い待機のまま終戦になり特攻する事無く済んだそうです。


第18震洋隊183名の隊員を率いた隊長であり、戦後は小説家となった島尾敏雄(1917~1986)の文学碑。
氏の作品としては「死の棘」や「魚雷艇学生」などなど。申し訳ありません、私、未読です……。


これが震洋を格納していた豪。
ちなみに艇は1990年の映画「死の棘」で使われたレプリカなのだとか。


入口から数メートルはコンクリートが用いられていますが


その先は岩を穿ったママ。

私自身、伯父が特攻で亡くなっている事もあり、些か厳粛な気持ちになりました。

リバウンドの気配

一時は65kg台まで減量出来たので些か良い気になっておりました。

軽くヤバイ……。

童謡「里の秋」

今日もまた日本の童謡をひとつ。
御存知、「里の秋」(作詞:斎藤信夫、作曲:海沼實 1948年)です。

白鳥英美子さん(元トワ・エ・モワ)の美しい声によるコチラのバージョンをお聴き下さい。
戦時中の家族間の想いが伝わってきて、思わず涙を流しそうになります。まさに名曲と言えましょう。

(写真はインターネットで探してきた初版レコードの画像です)