奄美大島へ(その52)加計呂麻島 ポストと於斉のガジュマル

昨夜に続き、奄美大島旅行記その52です。
本村さんの車で加計呂麻島を走行中、教えて頂いたもの。
これは何でしょう?


なんと塩ビ管を利用したポストなのだそうな! へ~!


続いて於斉(おさい)集落へ。
武名と同様、ここにも大きなガジュマルの木がありました。

続いて西田製糖・製酢工場へ向かいます。

島尾敏雄文学碑公園の植物

奄美大島旅行記、番外編です。
加計呂麻島の島尾敏雄文学碑公園に生えていた植物についてガイドの本村さんに教えて頂きました。


ガジュマルは、枝から垂直に茎を下ろしそれが地面に着くと根を出して太くなり自らの重量を支え、より大きくなって行くのだそうな。凄いですね!


先島蘇芳木(サキシマスオウノキ)。板状の根が変わっていますね。


その実も沢山落ちていました。

(9月30日17:00追記)
先島蘇芳木の実がウルトラマンの顔みたいだと本村さんから御指摘があった事を申し添えます(笑)

彼岸花

Yukariさんのダンスを観た帰り道

舞台裏に2つだけ彼岸花(曼殊沙華)が咲いていました。

奄美大島へ(その51)加計呂麻島 第18震洋隊基地跡

昨夜に続き、奄美大島旅行記その51です。
続いて本村さんが加計呂麻島に残る戦争遺跡のひとつ、第18震洋隊基地跡へ連れて行って下さいました。
震洋(しんよう)とは、先の戦争中に開発された特攻兵器で、小型ボートで敵艦に体当たり特攻を行うもの。
昭和20(1945)年8月13日に特攻作戦発動の令を受け出撃体制に入っていましたが、幸い待機のまま終戦になり特攻する事無く済んだそうです。


第18震洋隊183名の隊員を率いた隊長であり、戦後は小説家となった島尾敏雄(1917~1986)の文学碑。
氏の作品としては「死の棘」や「魚雷艇学生」などなど。申し訳ありません、私、未読です……。


これが震洋を格納していた豪。
ちなみに艇は1990年の映画「死の棘」で使われたレプリカなのだとか。


入口から数メートルはコンクリートが用いられていますが


その先は岩を穿ったママ。

私自身、伯父が特攻で亡くなっている事もあり、些か厳粛な気持ちになりました。

リバウンドの気配

一時は65kg台まで減量出来たので些か良い気になっておりました。

軽くヤバイ……。

童謡「里の秋」

今日もまた日本の童謡をひとつ。
御存知、「里の秋」(作詞:斎藤信夫、作曲:海沼實 1948年)です。

白鳥英美子さん(元トワ・エ・モワ)の美しい声によるコチラのバージョンをお聴き下さい。
戦時中の家族間の想いが伝わってきて、思わず涙を流しそうになります。まさに名曲と言えましょう。

(写真はインターネットで探してきた初版レコードの画像です)

ナマステ・インディア2025

土曜日は代々木公園で開催されたナマステ・インディア2025へ。
私達夫婦共通の友人であるYukariさんが、昨冬同様、サヘーリアを率いて舞台に出演されるからです。


相変わらずYukariさん、チョーカッコイイ!


ボリウッドダンスを拝見した後はズラリと並ぶ屋台で遅い昼御飯を。
私が食べているのはチキンビリヤニ。
他にもチーズナンやパニプリ、飲み物はラッシーを頂きました。


この日も秋にしては結構暑く、喉が乾くのでマンゴースムージーも。


雑貨や洋服など他の屋台も冷やかした後

もう一度舞台へ向かおうとすると
公園の片隅にサヘーリアとスタッフの皆さんが集まっておられるではありませんか!


Yukariさんにシャンパンを渡され、なぜか我々も打ち上げの乾杯に参加。
関係者では無いのにスイマセン……。

異国の文化に触れる事が出来、大変楽しゅうございました。

奄美大島へ(その50)加計呂麻島 お墓とバス停

昨夜に続き、奄美大島旅行記その50です。
海を望む場所に集落の墓地がありました。


全くの門外漢ながら台座(?)の形が独特のように思われますが……、さて?


海沿いの道が美しい……💛
この道を本村さん仰るところの猫バスが走るのです。


バス停もイカシてます💛

さあ、須子茂(すこも)を後にして、加計呂麻島に残る戦争遺跡へ向かいましょう。

板橋こども動物園へ(その6)

昨日に続き、板橋こども動物園訪問記その6です。


隣の東板橋公園では子供達が水遊び中。涼しそうで良いな~。
もうすっかり秋になりましたが此の日は未だ残暑が厳しかったのです。


先に御覧に入れたオブジェの他にも、蟹(カニ)さんや


河豚(フグ)さんも居ました。無論デザイナーは異なるでしょうが。

我が家から車で僅か30分弱の所に斯様に楽しい場所があろうとは! 再訪必至であります。
以上、数回に渡り書いてまいりました板橋こども動物園訪問記は此れにて御終いです。お付き合い頂き、ありがとうございました。

Daryl Hall & John Oates「Rich Girl」

今日はホール&オーツの此の曲(1977年)を。

私が高校生の頃、彼等の楽曲「プライベート・アイズ」や「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」等が大ヒットしておりました。
当時たしかラジオで特集番組が組まれ、その際に掛かった「リッチ・ガール」が私のハートを撃ち抜いたのではなかったかしらん?
ダリル・ホールのエレピの弾き方を一所懸命真似しようとした事を思い出します。