昨夜に続き、奄美大島旅行記その48です。
奉安殿を見学した後、須子茂(すこも)小学校の内部を見学させて頂きました。

昭和37年、昼間電気を使えない事に困った校長先生が、その事をNHKラジオへ投書し訴えました。
ラジオを聴いた当時の鹿島建設社長・鹿島卯女(かじまうめ)女史(上写真の方)が資金を援助し、校内に発電機を整備し視聴覚教育等の(電気を使う)授業が出来るようになったのだそうな。
素敵なエピソードですね。

昔は低学年の教室には必ずこのような足踏みオルガンがありましたよね。
鍵盤に触れて喜ぶ本村さんと私。

廊下。薄緑色に塗られた木製の建具が郷愁を誘います。

教室はすぐにでも授業を再開出来そうな感じで残されていました。
小学校の中に入るのは相当久しぶりで、何だかワクワクしてしまった私です。
兄弟デュオ、ビリー・バンバンのお兄さん、菅原孝さんが亡くなったそうな。
私が幼い頃、流行歌など殆ど聴かなかった父が此のレコード(1969年)は良く掛けていたのを思い出します。

またひとつ、昭和の灯りが消えて行く……。
心より御冥福を御祈り致します。
昨日に続き、板橋こども動物園訪問記その4です。

園内ではモルモットと触れ合う事も出来ます。
大人気なので少し並ぶ必要がありますが。

私が抱いた此の子、なかなか立派なツムジをしておりますね。

妻が抱いた子は、すぐにリラックスして寝落ちしそうになっていました。

待機中に水を飲んでいる子が此れまた可愛らしくて、萌え~💛
またまた萌え死んでしまいそうです(笑)
一昨日はスーツの上着を着られるくらい気温が低下、このまま完全に秋になるのでしょうか?

専門学校のキャンパスでは、いつの間にかエゴノキに実が生っていました。
昨夜に続き、奄美大島旅行記その47です。

須子茂(すこも)小学校に未だ残る旧奉安殿(注)。貴重な遺構です。

しかし御覧の通りかなり損傷しており、ガイドの本村さんも心を痛めておられました。
早急な補修工事が必要と思われます。
登録有形文化財にもなっているのですから、何とかならないものでしょうか?
(注)奉安殿(ほうあんでん)とは、先の戦争まで日本中の学校に設置されていた御真影(天皇陛下の肖像写真)と教育勅語を納めた建物のこと。
今日は松本伊代さんの此の歌(1983年)を。

この曲はTVドラマ「私は負けない!ガンと闘う少女」(勿論伊代ちゃん主演)のエンディングで使われていたもので、その美しい旋律が当時高校生だった私の心を掴んだのでありました。
あの電線音頭や三宅裕司さんとのコントで有名だった伊東四朗さんが良いお父さん役を演じているのも、当時は新鮮だったような気が致します。
作詞作曲は尾崎亜美さん、この方はやはり天才ですね。
ちなみに尾崎さん御自身によるセルフカバーはコチラです。
昨日に続き、板橋こども動物園訪問記その3です。

蹴爪陸亀(ケヅメリクガメ)も居ました。

その名の由来となった、後肢と尾の間の蹴爪状の突起を狙ってパシャリ。

コチラも同じく蹴爪陸亀ですが、ずっと大きな子です。
私のすぐ前まで近付いて来てくれたので、柵の隙間から激写。
一見のっそり歩くように思われますが、意外に動きが速く、油断ならないのであります。
我が家近くの早稲田通りでは、街路樹として木斛(モッコク)が植えられています。

今年も実が少し赤くなって来ました。やはり秋なのですね。
昨夜に続き、奄美大島旅行記その46です。
旧須子茂小学校、校庭の中央に大きなデイゴの木があります。
「登ると海が見えますから」と本村さんに勧められ、私も登ってみる事に。

ヘッピリ腰の59歳。

何とか登頂(?)に成功。
登ったは良いですが、落ちるのが怖くて海の写真を撮れませんでした……。
(下写真撮影:本村信行さん)
昨日に続き、板橋こども動物園訪問記その2です。
今日は動物達の様々な表情を御覧に入れましょう。

笑顔(?)のくぬぎちゃん(羊)。

精悍な顔付きのラテちゃん(山羊)。
山羊さんや羊さんの他に、お馬さんも居ました。

私達が近付いたせいでしょうか、ちょっと興奮気味のたんぽぽちゃん(ポニー)。

終始大人しかったルカちゃん(ミニチュアホース)。優しい目をしていますね。
どの子も可愛すぎて萌え死にそうです。