これまでに何度も取り上げた故・岡田新一(1928~2014)の設計によるJR信濃町駅ビル。
何故斯様に繰り返し記すかと言えば、私が通っている病院の最寄駅なものでして……。
で、そのコンコースが、現在、改装中。

このロンシャン的(注)な窓は既にスパンドレルで覆われてしまい

この不思議な形の柱も仮囲いで覆われ……、もしや改変?
全体的には、サラリと上手にまとめられた大人の建築。
そんな中、おそらく岡田がイタズラ心で忍び込ませた、これらの要素が失われるのは寂しい事です。
(注)近代建築の巨匠の一人、ル・コルビュジェ(1887~1965)の手になる「ロンシャンの教会」(正式名称はノートルダム・デュ・オー礼拝堂 Chapelle Notre-Dame du Haut・1955年完成)の事を示します。
結局滝には一つも辿り着けぬまま下山し、土産物屋まで戻った私達。
先述の店のお嬢さんに「旦那さん、顔が死んでる」と笑われました。
その訳を説明しつつ、汗ビッショリだったので此処で涼を取る事とし、お土産や陶器の梟などを購入。
店を出る際に私が「空いたペットボトルを捨てさせて下さい」と御願いすると、お母さんが「あ、此処の美味しい湧き水を容れてきてあげるから待ってて」と。なんと優しいのでしょう。
今回の旅では、この御二人をはじめ、実に多くの伊豆の優しい方々にお世話になりました。
さて、取り敢えず購入した荷物を車に積み込み、何故か中国人の女の子に睨め付けられながら山葵ソフトを食し、せめてもう一つだけでもと出合滝(であいだる)へ。

その名の通り、2つの流れが出合う場所。

水の美しさ

タモリさんが喜びそうな岩々

その景色、飽く事ありや?
とは言え、山の夕暮れは早いです。
既に少し暗くなり始め、観光客も激減。何しろお店が16時に一斉に閉まります。
後ろ髪を引かれながらも、今回は7滝中2つで諦める事とし、帰路に着いたのでありました。
助手席から見る風景、東京スカイツリーの足元の信号にて。

屈強な車夫達に魅せられ撮影しました。
望遠レンズのおかげで逃げ足の早いコヤツを捉える事に成功。

この蝉の声を聞くと、未だに「宿題やらなきゃ!」と思ってしまいます。
歓喜院聖天堂・奥殿の唐破風部分にある「司馬光瓶割りの図」。

北宋時代の学者で政治家でもあった司馬公(1019~1086年)。
その司馬光が子供の頃、水瓶に落ちた友達を救う為、それを割って助け出す様子です。
即ち、どんなに高価なものでも人の命には替えられない、という事を表しているそうな。
ちなみに一番左側が石をぶつけた司馬光少年であります。
(歓喜院聖天堂にて)