前回の続きです。

奄美大島も先の戦争では空襲を受けています。

しかも戦後は暫くの間米国の支配下に置かれ、本土復帰は昭和29(1954)年まで待たねばなりませんでした。

展示写真から、大和村大和浜の群倉(ぼれぐら)。
高倉は昭和30年代には現役で使われていたようです(注)。

同じく昭和30年代の写真から子供達の可愛らしい姿(沖永良部島和泊町畦布)。
続いて3階へ行ってみましょう。
(注)このように書きましたが、その後私達は高倉が現代的に改良されて使われている様を目撃する事になります。
この御話は追ってまた。
