6年ほど前、中古のフォルクスワーゲン・タイプ1、いわゆるビートルに店頭で一目惚れし、その場で衝動買いしてしまいました。
スチールダッシュボードの1968年製、私より2歳年下の41歳です。
なにしろ年代物ですから、イマドキの車と異なりオートロックやパワーウィンドウなどの便利な機能はまったく付いていません。
冷房装置もありませんので、夏の運転は熱中症にならぬよう命懸けです。
最初はとても不便に感じていた諸々のことが何年か乗り続けるにしたがい快感に変わりつつあるのは、開き直りか、はたまた病気の始まりか?
冗談はさておき、皆様ご存知の通り、戦後ドイツの大衆車として大ヒットしたこの車は、自動車の原形に近いものです。
ここで私が言うところの「原形」とは、可能な限り単純化された理想モデルであり、単純であるがゆえの明快さ、力強さ、さらに簡潔さゆえの清々しさを感じさせるモノ。
約20年間建築設計に携わってきた中で私は、建築とは常に特殊解を作り続ける仕事だと認識しています。
しかしその一方で、建築には何かしらの同時代性および時代を超えた共通性が存在し、それこそが上述の「原形」と言え、いつか自分もそんな建築を作りたいと常に考えています。
にもかかわらず、愛車といい、建築作品(下写真参照)といい、「保守的でマッタク若さがないなぁ」とたまに言われてしまう私は、時代の流れにのることが出来ない人間なのかしらん……。
そういえば「時代遅れの男になりたい~」なんて歌がありました。
現在43歳、まだまだ十分若いつもりなのですが、時代遅れの男(?)としては、自身の進むべき道を間違うことなくマイペースで歩んで行きたいと思う今日この頃です。
(下写真:スパイラル/小林浩志 2009年10月「JIA Bulletin」2009年10月号「FORUM温故知新 抱負を語る」より転載)